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長岡京の勝竜寺城、NHK大河効果で入園者数82%増 光秀盟友・細川藤孝直筆の御城印も

細川藤孝直筆の文字を用いた勝竜寺城の御城印(写真右)と通常版(左)

細川藤孝直筆の文字を用いた勝竜寺城の御城印(写真右)と通常版(左)

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 長岡京市の勝竜寺城公園(長岡京市勝竜寺)の2月の入園者数が前年比82%増を達成。NHK大河ドラマ「麒麟がくる」に登場する細川藤孝の居城として注目を集めている。

勝龍寺公園

 戦国時代の1568(永禄11)年、織田信長が当時支配していた三好三人衆の岩成友通を撃破。同城に細川藤孝を配して、乙訓(おとくに)地域を支配させた。

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 1571(元亀2)年には、「長岡姓」を名乗った藤孝は勝竜寺城を「瓦葺き」「石垣」「天守」を備えた近世城郭として改修。1578(天正6)年、信長の意向で藤孝の息子・忠興と明智光秀の娘・玉(後のガラシャ)が結婚。同城で新婚時代を過ごした。

 一方でその4年後の1582年には、本能寺の変で信長を討った光秀が、山崎の合戦で羽柴秀吉に敗れ、一時、勝竜寺城に避難。城から逃げ落ちた光秀は、京都市伏見区の小栗栖(おぐるす)で落命した。そのような経緯から、近年では「細川家と明智家の人間ドラマが交差した城」「光秀が最期の夜を過ごした城」としても知られる。

 長岡京市では、毎年11月に「長岡京ガラシャ祭」を開催。「ガラシャのまち」をPRする一方で、2011年からは「NHK大河ドラマ誘致評議会」を周辺市町と連携して設立。大河誘致にも力を注いできた。

 誘致決定後の昨年11月には勝竜寺城公園をリニューアル。公園内の土塁上から山崎の合戦を体感できる「光秀天王山合戦テラスの新設」、勝竜寺城で発掘された「茶道具の展示展」など、歴史観光拠点のハード・ソフトの一体整備化を進めてきた。

 同市商工観光課の上田真嗣さんは「公園リニューアル後、順調に入園者数が伸びている。特に大河放映開始後は顕著で、1月が前年比79%増の5,579人、2月は82%増の6,238人と想像を超える数字。知る人ぞ知る城だった勝竜寺の知名度が上がっているのを実感している」と話す。

 同市では、お城の御朱印「御城印(300円)」も11月から販売を開始した。「勝竜寺の住職が書いた通常版と、細川藤孝の書状から『勝竜寺城』の文字を抜き取った限定版の2種類。限定版は毎月第2日曜日のみの販売だが、3割以上が限定版と人気。藤孝の書状の文字を抜き取ったというリアル感が、歴史ファンに受けている」と上田さん。

 上田さんは「細川藤孝は、足利将軍家、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と4人の天下人に仕えた稀有の存在。息子の忠興も千利休の『七哲』に数えられるほど、文化人としても名高い。お隣の大山崎町には、千利休の国宝茶室の待庵や山崎の合戦の古戦場もある。細川親子の居城、勝竜寺城を拠点として、乙訓地域全体にも足を運んでいただければ」と呼び掛ける。

 開園時間は9時~17時(4月~10月は18時まで)。ミニ展示展は4月5日までの予定。問い合わせ先は勝竜寺城公園(TEL 075-955-9515)。
 御城印は、長岡京観光情報センター(JR長岡京駅西口バンビオ2F)、長岡京観光案内所(阪急長岡天神駅西口)、長岡京@Navi(阪急西山天王山駅東口)で買える。