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長岡京で「大河ドラマと地域振興」テーマにセミナー 伏見の事例題材に

五大老サミットが行われる予定の伏見桃山城

五大老サミットが行われる予定の伏見桃山城

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 京都府長岡京市の「長岡京市立神足(こうたり)ふれあい町家」で7月22日、セミナー「大河ドラマと史蹟と地域振興~伏見を事例として~」が行われた。講師は伏見城研究会の若林正博さん。

 当セミナーは、長岡京市や周辺自治体が誘致活動を行ってきた、明智光秀が主役の大河ドラマ「麒麟がくる」が決定したことを受け、「長岡京を含む乙訓(おとくに)地域を活性化するためのヒントがほしい」という、同館の呼び掛けで実現した。

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 過去20年のNHK大河ドラマの振り返りからスタートしたこの日のセミナー。伏見が登場した、「徳川慶喜(1998年)」「葵徳川三代(2000年)」「利家とまつ(2002年)」「新撰組!」(2004年)、「篤姫」(2008年)、「天地人」(2009年)、「龍馬伝」(2010年)、「江~姫たちの戦国~」(2011年)、「八重の桜」(2013年)、「軍師官兵衛」(2014年)、「花燃ゆ」(2015)、「真田丸」(2016年)、「西郷どん」(2018年)などの13回の事例が紹介された。

 その理由を若林さんは「伏見は、まず1595年ころ~1607年の豊臣政権、初期徳川政権の中枢の場だった。また、幕末には寺田屋が薩摩藩の同士討ち、坂本龍馬の定宿として登場する。そして戊辰戦争のきっかけが鳥羽伏見の戦いだった。大河ドラマの時代背景的に常に伏見は重要なポジションを占めていた」と解説する。

 一方で伏見が主舞台として登場することはなく「伏見は大河のちょい役。そういう関係もあってか、一部に大河と関連する駒札や石碑はあるが、象徴となるモニュメントはない。甲府の武田信玄像や鹿児島の西郷隆盛像のように、伏見も関わりの深い秀吉や家康の銅像を建てるなどの動きがあってもいい」と若林さん。

 乙訓地域としての大河との関わりについては「明智光秀の娘のたま(ガラシャ)が細川忠興の勝竜寺城にこし入れしたポイントは大きい。ガラシャ祭りを積極的に外部に発信することは重要。その他では、光秀の居城があった大津市(坂本城)や亀岡市(亀山城)などと連携した、相互交流やまち歩きツアーなどの開催も面白い」と提言する。

 伏見の地域間交流については「伏見の動きとしては、毎年行われる『伏見お城まつり』で、今年は『五大老サミット』の動きがある。徳川家康(岡崎市、静岡市)、前田利家(金沢市)、上杉景勝(春日山城があった上越市や会津若松市、米沢市)、宇喜多秀家(岡山城や島流しにあった八丈島)、毛利輝元(広島市、萩市)などとの交流を模索している。一時期日本の首都だった伏見が、戦国武将を通して全国とつながることは大変意義深く、新しい地域間交流のモデルになりうる。協力を呼び掛けていくのも良いのではないか」と話す。