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伏見で「鳥羽伏見の戦い150年」絵図展示&講演会 まち歩きも

鳥羽伏見の戦いで新政府軍の陣営となった城南宮

鳥羽伏見の戦いで新政府軍の陣営となった城南宮

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 京都市伏見区で1月21日、今年150年を迎える「鳥羽伏見の戦い」に関連する講演会が開かれる。伏見城研究会の会員の若林正博さんが講師を務め、1月20日に行われるまち歩きイベント「鳥羽伏見の戦いの史跡とその周辺を巡る」(募集締め切り)のガイド役も務める。

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 鳥羽伏見の戦いは1868(慶応4)年1月27日(旧暦1月3日)、幕府軍と薩摩・長州藩連合軍(新政府軍)が激突した戦い。江戸時代の大坂と京都を結ぶ幹線道路だった、鳥羽街道(現在の千本通り)と宇治川沿いから伏見市街に至る街道を幕府軍が北上、待ち構える新政府軍と衝突し伏見の市街地は炎上するなど大きな被害を受けた。この戦いをきっかけに翌年まで続く戊辰戦争が日本国内各所で繰り広げられた。

 鳥羽伏見の戦いの史跡を巡るまち歩きは、伏見の歴史を研究する「伏見城研究会」と「伏見歴史同好会」が共同で企画。当日は長州藩の陣所だった「城南宮」を出発、鳥羽伏見の戦いの開戦地の「小枝橋」、「下鳥羽界隈」を巡り、同地域にある「京セラ本社」の上層階から鳥羽伏見を一望する。

 鳥羽伏見の戦いの特長について若林さんは「幕末は鳥羽伏見の戦い以前にも薩英戦争、禁門の変、下関戦争、第二次長州征討などがあった時代。禁門の変の後に京都市内も焼失したが、戦闘は御所周辺の限定的なものだった。伏見の市街戦は辻々に陣地が構築され、双方が新型兵器を用いられるなど、都市としての規模、戦闘範囲の規模ともに最大級だった。伏見の市街戦の後の惨状は、以降の戦いに少なからず影響を与えていたと考えられる」と解説する。

 若林さんは「今回は鳥羽伏見の戦いの激戦地となり、一進一退の攻防となった鳥羽街道周辺をご案内する。戦いだけではなく、江戸時代の泰平の世における街道のありさまや、さらには平安時代のリゾート地としての一面などもご案内し、最後に京セラ本社上層階から歩いてきた所の周辺を眺めたい」と話す。

 21日には、若林さんが講師役を務める講演会と、鳥羽伏見の戦いの弾痕跡が残る料亭「魚三楼(うおさぶろう)」の店主・荒木稔雄さん、京都放送劇団読人の五條陶子さんの朗読会が行われる。1月12日~21日には「鳥羽伏見の戦いオリジナル絵図の展示」が伏見区役所で行われる。

 区役所の開場時間は8時30分~17時。講演会と朗読会の開催時間は14時~16時30分。入場無料。。

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